「身体の声」と、「頭の誘惑」
   
   
2008/05/08
   
   
こんばんは。

先日、空腹の話をしましたが、昨夜は、空腹のあまり、夕食
を食べ過ぎてしまいました^^;。

カミさんが作ってくれた、春巻きと生たらこ丼がとてもおい
しかったから、というのもあるのですが。

うまい、うまいと食べて、勢いついて、おかわり〜。
で、前日のカレーが少しだけ残っていたので、別のどんぶり
にごはんをドカンと盛って、カレーライスにしていただいた
のでした。

が、この量が多かった。

冷静に振り返れば、一杯目の生たらこ丼を食べた時点で、結
構おなかはいっぱいになっていました。

ところが、ついた勢いと、「もっと食べたいな」という思い
に乗っかって、カレーライスに行ってしまったのでした。

しかも、ドカンと。

おかげで、今日のお昼近くまで、おなかに食べ物が詰まった
感覚で、重かった。

「食べ過ぎたなー。あのとき、冷静になっていれば」と思っ
ても、あとの祭り。

空腹が待ち遠しくなりました。

でも、これは今回に限ったことではありません。
僕には、結構あることなのです。
同じことを繰り返す、学習効果のないやつなんです、私。

そういうときを振り返ると、例外なく、「身体の声」には耳
を傾けていません。
明らかに、「頭の誘惑」に持っていかれてしまっています。

おなか、つまり、身体の声は、「もう、十分。おなかいっぱ
いだよ」と知らせているのに、
口が、目が、いや、頭が、「もっと食べたい、もっと食べた
い」と本当の声をさえぎってしまっているわけです。

身体の声は「欲求」、頭の誘惑は「欲望」、
と言い換えることもできるでしょう。

「欲求」は、生物としての身体が実際に必要としているもの
の表れだから、限りもあります。

それに対して、「欲望」は、頭で次々に生み出すことができ
るので、限りがありません。

今の日本人は食べすぎだと思う、とは、これも先日言ったこ
とですが、その大きな原因も、「身体の声(自然な欲求)」
を離れ、「頭の誘惑(人工の欲望)」に偏っていることにあ
る気がします。

もちろん、食べること以外にも、同じような傾向が広がって
いる可能性は、大。

すると、おなかいっぱいの状態へと偏り、かえって、おいし
さを逃してしまうことになってしまう。

それは、避けたいものです。

素直に、自然に、身体の声に耳を傾けましょう。

   
   
   
   
Copyright : Ryo Takashima