きじょうのくうろん
   
   
2009/01/28
   
   
こんにちは。

今日は、4ヵ月前にドバイからアフリカへと飛ぶ飛行機の中
で書いた「語りましょう」をご紹介します。

・・・(ここから)・・・

アラビア半島の砂漠上空を飛んでいます。

いえ、スーパーマンになったわけじゃなく。
普通に、飛行機野郎です。

窓の外を見ると、そこはさば・・・
あれ!?翼です。

そう、飛行機の座席が、ちょうど主翼の上(って、外で風ビ
ュンビュン〜、じゃないですよ。あたりまえだろ、もーえー
っちゅうに)なので、
窓際から見える景色は、翼なんです。

翼を見る。
じーっと見る。

何も変わらない。
動かない翼が、ずーっと見える。そのまま。

ずーっと見る。

はたして、本当に飛んでいるのだろうか?

わからない。
なぜなら、僕には、動かない翼が、何も変わらないままずー
っと見えているだけだから。

目を転じると、テレビ画面に砂漠が映っています。
機体の下に取り付けられたカメラで撮っている映像です。

砂漠が画面の上から下へと流れていく。

はたして、飛行機は飛んでいるのだろうか?

それに乗っている飛行機野郎も、飛んでいるのだろうか?

それとも、地球が回っているのか?

・・・(ここまで)・・・

何が言いたかったかというと、飛行機が飛んでいるのって、
飛行機以外のものとの対比があってはじめてわかる、という
こと。

同じように、自分というものも、自分以外のものとの対比が
あってはじめて感じる(存在する)ことができる。

自分と自分以外のもの、(自分以外の)ものと別の(自分以
外の)もの、それらの対比(差異、関係)によって、存在や
状態というものが生じる。

これは、仏教の「縁起」というのと同じ考え方・見方です
が、その対比・差異・関係から意味が生じ、その意味付けに
よって、存在や状態が実体のように感じられることになる。
それを「色」という。確固とした実体のように感じられるも
のも、元をたどると、「関係性」という、いわば実体のない
ものに支えられている。これを「空」という。

「般若心経」の中に出てくる、有名な「色即是空」というの
は、そういうことなんだろう・・・

そんな、ちょっとややこしくて、あまり役にも立たなそうな
考えを、頭の中でめぐらせていたのでした。

飛行機の上で、空をながめながら。

これを、「機上の空論」といいます^^。

   
   
   
   
Copyright : Ryo Takashima